Do Wonders TAIYO GIKEN 大洋技研工業株式会社
最近の記事:
カテゴリー:
バックナンバー:
2006/07 の記事一覧  最新の記事一覧で表示

2006/7/31

RECORDING

ON

昨日のバンコック⇒関空便のフライトが遅れたため、結局名古屋に着いたのは深夜になってしまった。フライト前のバンコック空港にあるエグゼクティブラウンジのスモーキングルームで搭乗待ちをしていると、二人のひとに声をかけられた。一人はごつい感じのイギリス人で、机の上においてあった私のライターを見て、「それ、ジッポー?」という会話から入って、「俺はジッポーコレクターだが、こいつははじめて見た。」とジッポー談義、250個持っているそうだ。二回目にルームに戻ったときには、「Where‘re you going?」と尋ねられたので、「Osaka」と答えると、「じゃあ日本人ですか。」に続いて、「こちらのお金持ちかと思いました。」「はは(笑)、そんなに怪しげですか。」というふうに会話がスタート。お二人目の三浦さんは、某R&D企業のタイ現法社長で、在泰15年の方。「こう見えても、私も製造業です。」と、自己紹介をし直した。『袖振れ合うのも、何かの縁。』という感じで、フライトまで色々な雑談にお付き合いいただいた。こういった場面もある種TRIPの楽しみだ。しかし普通にしてると、国籍不明に見えるのかな、オレ。それはともかく今日は夕方からYADAさんを連れて、パームのレコーディングスタジオに行った。来月のタイでのイベント企画のオープニングビデオのナレーション吹込みの立会いである。ナレーターはNHKのタイ語ニュースなどもやっているというMITI君。東京大学のマスターだそうで、いかにも真面目そうな風貌。途中何度か、タイ語訳についてYADAとやりとりして無事に約一時間半のレコーディングを終了した。出来ばえはイベント当日をお楽しみに。パームさん、宜しくお願いします。

2006/7/30

See Ya !

ON

ベトナム、タイと続いた一週間のBusiness Tripだったが、主要目的をこなして一端帰国の途に着く。タイには記念行事の関係で、二週間後にもう一度訪れる予定。TGのグローバル化をスタートしたときは、市場マーケティングから始めたので、新規のお客様を中心に多くの国を訪問したが、現在はブランド戦略の一環として生産、調達、物流の最適化に取組んでいるためアジアの生産拠点に行くことが多い。行動しながら考えるMOVIN‘ MANAGEMNTのスタイルは変わらないが、私の中にある「 Made in TG 」という一つの概念を、各工場を回りながら現状把握した上で、世界ブランドに向けてベクトル合わせを行なっていく。このプロセスは各工場での改善の進捗と定着度合いを見極めたうえで、問題点の抽出や次のステップへの移行を進めていく根気の要る作業だ。写真は、TGT副社長の座間氏と空港に向かう直前にホテル前で撮ったもの。早いもので、当地に駐在して6年が経過。グループの中でも、TGTが大躍進した原動力として活躍。当初は工場の技術面の指導者として赴任したが、現在ではタイ現法の経営全般を統括する役割を担っている。豊富な現場経験をフルに活用して、寡黙ながら頼りになる男だ。

2006/7/29

微笑みの国

ON
 
経営企画室の大坪・佐藤両君は、昨夜の深夜便で帰国。私と近藤君はベトナムでの新工場建設に際し、業者さんと打合せのため、再びTGアジアセンターへ向かう。昼過ぎまで掛かって細部の検討を行なった。その後工場をひととおり回ったあとチャミット君を呼んで、品質、機械設備、3S関連について、次回私が訪問するまでに改善すべき点の指摘を各一項目ずつ伝えた。真剣な面持ちで私の話に聞き入る工場長。通訳を介してだが、内容は理解できた様子。最後に良い点についてもコメントした。バンコックに戻るために一端CEO室に入ったとき、記念写真を撮り忘れたことに気づき、もう一度工場に行くとちょうど休憩を知らせるチャイムが鳴った。組立セルの作業者が休憩して良いものかどうかを迷っている雰囲気だったので、日本語で「一緒に撮ろう。」と伝えると、緊張していた顔が緩んで添付のような笑顔のスナップの出来上がり。さすが「微笑みの国、タイ」という感じになった。この国の人たちは概してはじめはシャイに見えるが、何かのきっかけがあると途端に親近感をもって接してくる。このONとOFFの遠近感をうまく保っていくことが、マネジメントのポイントの一つだとも言える。イベントのため二週間後にまた来ることを伝えて、工場をあとにした。きっと宿題はやり遂げてくれるだろう。頼むよ、チャミット、木村。

2006/7/28

A Signboard at Motorway

ON

アメリカからはるばる大手企業のバイヤーがタイ工場を視察したいとのことだったので私もバンコックから東に180kmの位置にあるTGT Rayong工場に向かった。ちょうど中間点のドライブインのところにTAIYO GIKENの大きな看板が立っている。「たかが看板、されど看板。」この看板は今年10周年を迎えるにあたって昨年11月に立てたもの。学生時代から、海外を訪れると、ソニーやキャノンやパナソニックといった大手日系メーカーの看板が高速道路などから見えるのを眺めては、日本の企業はすごいなぁと、感心したものだ。ビジネスマンになってからは秘かに「いつかTAIYO GIKENのでっかい看板を立てたい。」と思っていた。かくいう現実は、そんな資金があったら機械設備の更新にという具合に考えがちなのが中小・中堅企業。あるときTGT座間副社長から、「見積りとりました。年間xxxバーツです。」と電話で報告があり、「えっ、そんなにするのか。」と一瞬の沈黙。「う〜ん。君はどう思う?」、「そうですね、やはり立てたいですね。」「分かった、立てよう。」で、決まったもの。はじめてこの看板を見たときは、スタバのモカコーヒーを手にもちながら、しばらく感無量。景勝地の建造物を10分以上眺めたことはないが、15分は見つめていたように思う。つまらない話しかもしれないが、既に立っている看板のもとで余裕カマシテいる人よりも、汗をかいて例え一本の看板でも、自分の力で立ててやると頑張る人が、私は好きだ。この看板はTGTの汗の結晶。近くにお越しの際は、ぜひご覧下さい。

2006/7/27

TG ASIA CENTER

ON

バンコック中心部から車で約1時間のAMATA工業団地にTGアジアセンターがある。今年9月に新国際空港が開港する予定で、開港すれば新空港から30分程度の所要時間で当地に来られるようになる。来月タイで開催予定のイベントの打合せをアジアセンターで行なった。いつものように玄関で全社員が出迎えてくれた。私もいつものように一人ひとりと握手を交わすが、開業してまだ一年余りのため新人が多く、照れくさそうな仕草で応対してくれるところが、ある意味新鮮であり、可愛く感じる。しかしながら、ひとたび工場に入ると出迎えのときの姿とは対照的に、かなり手際よく作業を進める風景がそこにある。標準作業はかなり定着してきている。ひととおり、現場を歩いた後、私が何をコメントするのかを期待と不安をもって待っている工場長のチャミット君に、「今回は多分あと二回見る機会があるので、最後の土曜日にコメントします。」と伝えると、何とも言えない笑顔が返ってきた。夜は同地駐在の木村君を誘って、バンコック市内のイタリアンレストランで夕食を共にした。当地に赴任直後の葛藤を踏まえて現在の心境、これからの事業方針に対するアジアセンターの役割。そして自分の夢や目標など色々な話題に話が及んだが、とつとつながらもしっかりと意見を述べる木村君を見て、頼もしくも嬉しくも感じた。最後に、「木村、かなり成長したな。」と告げると、「あまり褒めないで下さい、すぐ調子に乗りますから。」「分かってる、そのときはこっちも遠慮はしないから。」などと語り合う内に、バンコックの夜は更けていった。やはり、可愛い子には旅をさせるべきかも。
※写真右は、私たちが最後の客になっても笑顔で応対してくれたレストランのアシスタントMgr.パンさんを交えて記念撮影

2006/7/26

HOSPITALITY

ON
 
次の訪問地タイへのフライトのために宿泊先のホテルPARK HYATT SAIGONでチェックアウトをする。出張時のホテル選びは、オフィスがわりに利用することも多いので結構重要なポイント。前回に引き続いてPHに決めたのは、ロケーションや付帯施設もさることながら、高級感のなかにもホスピタリティが優れていたから。写真左側は、毎朝7時からスマイル付コーヒーで朝食のお世話をしてくれるムーンさん。右側は、フロント担当のなかで大坪、佐藤両君がお気に入りのレディ。過密な出張スケジュールをこなしていくなかで、こうしたスタッフと交わす会話は、ひとときの癒しと安らぎを与えてくれる。アオザイ姿の見送りで、ホテルを後にしてホーチミン空港から一時間余りのフライトでバンコックに着いた。空港では、一足先に戻ったTGT座間副社長とアシスタントマネージャーのパンリーニャ君の出迎えを受けて宿泊先のフォーシーズンホテル・バンコックへ。当地での出張スケジュール確認のあと、夕食のためバンコック滞在初日恒例の、「日本亭」に向かった。

2006/7/25

Grand Breaking Celemony in VIETNAM

ON

ホーチミン中心部から北に17qの位置にあるVSIP工業団地に行き、土地のLEASE契約(社会主義国のため売買ではない。)に正式調印をした後、TGV建設予定地で地鎮祭を行った。いよいよこの地でTGの新たな歴史を刻み始めるというおごそかな気分になった。建設工事の安全を願う気持ちと、近い将来この場所で良いものをつくるために、未知の人たちとの切磋琢磨が行われるという思いが交錯する。今まで何度か経験してきたが、事業の未来形成に向かい最初の一歩を印すという緊張感は経営のひとつの醍醐味だ。TGが活躍できる舞台を世界に拡げて行くことは、私の夢であり、「Small But Global」を提唱するトップとしての責任でもある。地鎮祭の終盤に行われた鍬入れの儀式では、新人の佐藤君に大役を果たすように申し付けた。彼女は、ニュージーランドでの高校留学を経てアメリカの大学を卒業、その後ODA関連の業務に関わったが、工場の生産管理を通じて発展途上国で国際貢献がしたいと、昨年TGに応募してきた逸材。かつて私が23歳のときにフィリピンで体験したように、佐藤君も異国でのビジネスマネジメントを通じて自己実現の苦労と喜びを体得して行くだろう。やりたいことができることには責任が伴う。そして責任を伴うからこそやりがいもある。というのが私の持論。特に若いときの経験は生涯の財産になる。視線を目標から逸らさずに情熱を持ち続けて精進していけば、いつか必ず花は咲く。
※やっぱり、ヘルメット姿は似合わなかったな。ゴメン!

2006/7/24

6番目の海外拠点始動

ON

梅雨の日本を出てベトナムに来た。これで三回目の訪越だが、今回の出張の主要目的は、来年オープン予定のTAIYO GIKEN VIETNAM CO LTD.(略称TGV)の建設用地正式契約と工場建設の地鎮祭への出席。先程、TGTの座間副社長と現地合流した。この現法は、TGでは初めて日本75%VSタイ25%という共同出資形態をとった。設立資本金もUS2,000,000ドルとグループでは過去最高。この地に賭ける意気込みを示している。共同出資にした理由は、単に資金繰りの問題ではなく、プロダクション立ち上げから管理面までのオペレーションを、日泰が協力し合って運営するという意思の表明でもある。世界ブランド戦略、「Made in TG」は、10年のときを経て、中期方針、「World Biz from Asia」の実現に向けて次の一歩を踏み出す。現在ベトナムへの進出は、北のハノイ周辺にするか南のホーチミン周辺にするかで意見の分かれるところだが、昨年8月の初訪問で双方の地を訪れて、私は南を選択した。訪問前三菱東京UFJの当地権威であるM先生に、「一発で決めるといっても、いざとなると結構迷うと思いますよ。」と助言され、「ま、見ててよ。」と言ってこの地を訪れたが、確かに一長一短あり、 何故こちらに決めたかについて、今回はコメントを控えるが、決めたら迷わないのが自分の信条。この地での成功だけを同行した初代赴任予定スタッフたちと誓い合った。しかしこの国でのオートバイの在り方は、関連パーツを製造するものにとって、他国にない魅力だ。

2006/7/23

HUNGRY HEART

OFF
『24時間仕事バカ!』」書店で、このキャッチコピーを見たときに、「あれっ、俺のことジャン」と目にとまり、次に『仕事が楽しければ、人生が愉しい。』というコピーに、「そうそう!」。以前にも少し紹介したが、最近、愛読している雑誌「ゲーテ」のこと。『限りなく透明に近いブルー』以来、30年近く気になる作家村上龍氏のコメントも連載されていて、色々な意味で面白い。70年代にいわゆる青春時代(この言葉自体が、ちょっと照れる)を過ごした人たちには、ある種の共通点があるように思う。音楽にしてもファッションにしても、ひとつの時代とともに育ってきたという実感がある。自分にとっての70年代は高校から大学に通う時期であり、思春期をこの時代に過ごせたことを今でもすごく良かったと思っている。ひと言で言えば、どんなにもがいても、『満たされない』時期だったから。今も心の中心に在る、HUNGRY HERATが芽生えて育ったのは、この時期だとはっきり言える。物心ともに満たされないからこそ、社会や人生を真剣に考える必要があったし、MOVEMENTを起こさなくては、何も変わらないということを体で感じることができた時代であったようにも思う。勿論、昔は良かったなどという意味でこれを書いているのではない。衣食足りてやるべきことは何かを考える必要がある。エゴではないことだけは確かだ。HUNGRY HEARTを満たすものを探すのが人生の愉しみかも。

2006/7/22

海外事業部

ON
昨日の経営企画室とならんで海外事業部も、当社では新設部門である。TGグローバル化以降、貿易の発生に伴い輸出入手続きを個別業務として行っていたが、輸出額も年間10億円に到達したことによって、現在はビジネスユニット化をめざして、実際に商品物流や受入検査を取り扱う物流センターを含めてサービスの事業化を推進している。将来は海外拠点とのサプライチェーンマネジメント化も視野に入れており、先週の訪中ミッションもSCMの基礎づくりをするねらいもあった。TGはスローガンの通り、小さな企業体であるが、めざしていることは大企業ではできないような強いビジネスユニット共同体。そのために完成度の高い大企業が当たり前のようにやっていることも、手作り的につくり上げて行かなくてはならない。どうしても一人ひとりにかかる負担は大きくなってしまうが、それをやりがいと感じてくれる人達と、世界でもONLY ONEのグループ事業体を築いていきたい。点と点が線に、線と線が面に、そして面と面が交差したとき、「小さな世界企業」が誕生するように思う。夢や目標が共有できるからCOMPANYだ。

2006/7/21

経営企画室

ON

ホームページの企画会議を、外部スタッフを交えて行った。現在のところ、私のブログだけが更新されているが、実はこれはメーカーで言う先行試作みたいなもので、TGのホームページは、事業本体同様、これからも進化し続けていきますのでお楽しみに。ところでTGでは、このホームページの企画をはじめとして、私のアイディアを組織横断的に推進していく機能を経営企画室が担っている。ここのマネージャーを務めているのが大坪君であり、現在海外事業部のマネージャーも兼任して大車輪の活躍をしている。大坪君は、オーストラリアへの高校留学の後、フライトアテンダントをめざしてアメリカにインターンシップ留学をし、採用試験待ちの間アルバイトという形で、当社で働くことになった。営業アシスタントをしていたときに彼女のビジネスでのタレント性を感じ、「社長室」に移し、今だから言えるが一年間本当に厳しいマン・ツー・マン指導に耐えて「経営企画室」を創設。今ではトップマネジメントの理解者として、国内外事業企画に対して司令塔の役割を果たしている。カルロス・ゴーン氏の組織改革の例にみるように、事業革新には組織機能を縦横無尽に横断するクロスファンクショナルチームの存在が不可欠であり、経営企画室が果たす役割は大きい。※写真は今年5月大坪君のBirthday懇親会でのスナップ

2006/7/20

がんばれ男たち

ON
帰宅が深夜過ぎ(夜明け前とも言う)になってしまったので、アップが遅れてしまった。どうしても毎日書かなくてはならないという義務はないのだが、「継続は力なり」という言葉もあるし。さて唐突だが、最近男と女のバランスが崩れてきているように思えてならない。いわゆるキャリアウーマンに対抗するキャリアマン?のことだ。20年前に均等法が施行された頃と今では明らかに女性の意識が変わったと思うが、それに比べ男の私がどう公平に見ても、男性の意識が高まっているとは言い難い。私は男性諸君に頑張ってもらいたいから、今日はあえてこのことに触れる。自分は19歳のとき、あることがきっかけで、「やらずに、あとで後悔するくらいなら、やって恥をかいたほうがまし。」という考えを持つようになった。その結果数え切れない失敗もしたが、同じ数だけの体得もできた。誤解を恐れずに言えば、今の男性(口語体なら男と言いたいところ)を見ていると、失礼だが大して良くない頭(実戦不足の意味)で考えて、「これ言ったら、どう思われる。」「やって失敗したら叱られる。」「恥をかきたくない。」というような意識が強すぎて、せっかくのアイディアを試さずに機会ロスをしている傾向があるように感じる。結果はともかく実践から学ぶものが知恵である。そして勇敢は、男性の特性のひとつだと思いたい。がんばれ男たち!

2006/7/19

未来からの思考 【 自己実現編 】

ON
「いつか、この会社の製品を世界中に広めたい。」自分が入社当時、年1回あった社長面談前の自己申告書に,5年間連続で書いた私の将来の抱負。当時のTGは120人規模の会社であったが、LPG用ガス栓シェアで日本一になることを目標にして、文字通り一丸になって、売ってはつくり、つくっては売りの毎日であったことを記憶している。改めて当時のことを考えると、あれから30年かかったが、いま自分は、あの頃はとてつもなく遠かった目標の近くに来たという感触がある。仕事の目標とは、夢(志)、長期目標、中期目標、年度目標、四半期目標、月度目標、週次目標、日次目標という感覚で、未来から次第にブレイクダウンして現在点に至り、そのためにしなくてはならないことを各ピリオドでプランニングして、明日の一歩を決定することがコツだと思う。若い頃はかなりおおざっぱな概念のイメージしか描けないが、実践を重ねて行くことで、概念をストーリー化したり、計画化したりできるようになってくる。その間、社内外環境の変化で軌道が多少ずれることはあるが、軸(志)がしっかりしていれば、少し流されても戻すことはできる。今日のブログは昨日の作文のお礼に、私が実践を通して体得してきたことの記述なので参考になれば幸いです。

2006/7/18

Dear 41期入社メンバー

ON

昨日、今日は先般の東京キャリアフォーラムの最終選考会を本社で実施した。自分が管理職になったとき、当時の社長から、「ひとに対しては長所を探し、仕事に対しては欠点を探すように。」という言葉を贈られた。以来25年間、労務管理ではこの言葉を座右の銘にしている。ところで先日、「入社から三ヶ月経って、」というタイトルで、41期入社の人たちに作文を書いてもらった。当社では昨年から留学生のために、4月の定期入社以外にも随時入社をはじめたので、人によって経過期間は異なるのだが、作文を読んで私が感じたことは、総じて仕事の実践の中から何かを学び、足らないものに気づき、悔しい思いも一度や二度はして、入社時には漠然としていた仕事での具体的な目標をもつ事ができたという点と、全員が素直に自分を振り返り、前向きに進んで行こうとする姿勢に感銘を受けた。そして、「プロとして、皆さんをお迎えする。」という、入社式での私のスピーチを殆どの人が真摯に受け止めてくれていることも嬉しかった。この気持ちを継続することができたら、彼ら彼女達は、きっと立派なプロに成長するだろう。みんな有難う!
私も沢山のことを教えられた気持ちになった。

2006/7/17

Dear Everyone

ON
ブログを書き始めて、一ヶ月が過ぎた。はじめはホームページのリニューアル記念に書いてみようかなと軽い気持ちであったが、今では日課になりつつある。TGグローバル化10年の足跡をマガジン形式で刊行したが、実のところ10年分の記憶をたどるのは結構しんどかった。無論ブログに載せるトピックスは情報公開の意味もあり、自分の日常のほんの一端だが、その日に感じたことや浮かんだことをメモ的に留めておくことも、いずれ何かの役に立つかもしれないし、小さな企業とは言え、海外を含めて総勢700名を越す規模となったいま、幹部や社員一人ひとりにフィルタを通さずに自分のメッセージを直接伝える媒体として、とても有効な手段であるとも言える。インターネットには、世界同時性・瞬時性という圧倒的なスピード感がある。8月度中には、英語バージョンのアップも実現させたい。

2006/7/16

MINGAI

ON

それまでの「王さん」と呼ぶのを止めて、「これから、俺、君のことMINGAIって呼ぶわ。遠慮したくないから。」「わかりました。」短い会話であったが、王君がTGでの就職を決めた直後の会話だ。幾つかの縁が重なり出会った二人だが(王君が当社に入社したいきさつについては長文になってしまうので省略)、民凱はソニー、HPなどの大手メーカーのコンピュータシステムのエンジニア、マネージャーの経歴を経て、04年11月から私のビジネスパートナーになり、今は中国現法TGCの副総経理を務めている。彼は幼少期から優等生で、電子頭脳の研究者を目指していたが、途中でIT分野に興味が移り、名古屋工業大学の修士課程を卒業。その後日本、上海で申し分のないキャリア経験を積んだが、自らの可能性を経営の道で広めたいと36歳でTGへの経営参加を決断した。畑違いの分野で当初は苦労したが、今ではひと通りの流れを理解して、現法の改革を精力的に推進している。文頭のやりとりは、私の民凱への期待の大きさを示すものだが、大手企業では優秀であっても開かない扉を、TGで切り拓いて欲しいと願っている。写真は、TGC10周年の記念に、現地仕入先から寄贈された舵取りの前での記念撮影。舵の方向は間違っていない。信念をもって進め!民凱。
夕刻、アイディアと課題をスーツケースに詰め込んで、中国から帰国した。

2006/7/15

三回目の休日

OFF
 
もう何度も中国に来ているが、実は一週間の滞在は今回が初めて。いつも国から国というより時間から時間を渡り歩いているような感覚。考えるところあって今回は週末を青島で過ごすことにした。今年も半分が過ぎたが、これが三度目の休日。ワーカホリックから少しだけ自分を解放させた。相棒にはTGC副総経理の民凱君。彼も私のビジネスパートナーだけあって、日頃はホリック気味で青島に単身赴任して1年半が過ぎたが、この辺の景勝地にも殆ど行ったことがないそうだ。それでは、ということで今日は思い切って車をレントして青島の名山「ろうざん」に行くことにした。ガイドの案内で、陰陽の説明を聞いたり、山道を歩いて樹齢2,100年の木を眺めたり、銘茶を飲んだり、久しぶりのSHIGHT SEEINGを満喫した。結構歩いたが、この心地よい疲労感も何ヶ月ぶり。夕食は普段外食ばかりという民凱君のために彼のマンションに行き、日本から持ち込んだ調味料と当地のジャスコで調達した食材を使って、手料理を振舞った。「美味しい」のひと言に、ほっと胸をなでおろす。帰り際、「民凱、今日は有難う。お陰で良い休みになった。」と告げると、「私も、久々に良い休日になりました。」とのこと、「 それは良かった。じゃ、今度は船にでも乗ろうか。俺、免許あるし。」「いいですね、船のこと調べておきます。」こんな会話で一日を終えた。フル充電にはならないまでも、緑ライトは点灯したかな。

2006/7/14

Made in TG

ON

経営ビジョンや事業方針をオリジナル・フレーズにして表現することが多い。「Made in TG」も、そのひとつだ。このフレーズには世界のどこでつくっても国際水準の同じ品質を顧客に提供する、という意味が込められているのだが、製造メーカーにとって、モノの品質は生命線となる。日本にとっても、今まで固有技術に委ねていた個々のノウハウを基準や標準に置き換える必要があるので生産移転がもつ意味は大きい。TGの海外生産拠点もつくることそのものは、随分上手くなったので、あとは上流の設計や品質保証の考え方、そしてしくみをしっかり構築して各生産拠点に展開をして行くことが重要だ。写真右側は、エレメント新製品のトライアル組立をしているところ。

2006/7/13

World Biz from Asia

ON
一昨日夕刻前から、TGCのメイン・コンプレッサーが故障してしまい、やむなく工場の稼動を止めた。ある部品が原因であることが判ったが、あいにく予備がない。業者に連絡をとっても、返事が曖昧で埒があかないので、車で片道7時間掛かるところまで徹夜で走り、対象部品を取りに行くことにした。緊急時には、現地トップは現場に居る方が良いので、今日は迎えに来なくていいからと、朝から王副総経理は会社に行き、自分はホテルで仕事の整理をすることにした。社長業は、朝から晩までの時間殆ど誰かと会っているので、一人の時間はとても貴重。少々疲れ気味なので日本の工場との定時モーニング交信の時間まで睡眠をとり、ブランチを滞在中のシャングリラホテルのダイニングではなく、ロビーのコーヒーショップでとることにした。ここのチーズバーガーは結構いける。日本から持ってきた雑誌に目を向けながら、時折入ったり出たりする人に目を向ける。思えばいつも本や雑誌を一応持ってくるが、次々のスケジュールで読めたことがない。王君には悪いが、自分にとってちょっとした贅沢な時間になった。昼前に民凱(王氏のファーストネーム)から電話があり、「コンプレッサーは復旧しました。工場も動き出し、顧客への納入も大丈夫です。」という連絡が入った。実際のところ、世界中の誰より心配していたので、ほっとした。社長に直接入る情報は、大方トラブルやバッドニュース。良い情報は10パーセントもない。これを瞬時に判断して適切に方向決めしなくてはならない。逆に良い情報がほとんどでは、本当のところは経営が危ないかもしれないと考えた方が良いとも言える。社長業は、やりたくてできる仕事ではないが、一日24時間本気でなくてはできない仕事であることは確か。民凱の電話でモードを正常に切り替えて、事業方針の「アジアから世界に、」の具体化を考察する。政治の世界では、ここ中国、韓国、日本の関係は微妙だが、経済ではグローバル化に適応するために、EUのようなブロック(連合)形成が対応策だと考える。TGでは今、東アジアと東南アジアをひとつの共同体にしたアジア生産圏をクリエイトしようとしている。昨日までのミッション派遣もその一環であったが、アジアにはアジアの共通項があり、世界の中のアジアがひとつになって、ワールドチャレンジができる体制づくりを進めている。これ以上の詳細を語ると、機密漏洩になってしまうので控えるが、先日のTGCスタッフとの懇親会で、現地女性社員が、「サッカーワールドカップで、日本が敗れて残念だった。私は中田と川口が好き。」とか「私は宮本と中村を応援してた。」という話があり、「え、どうして日本を応援してくれるの」って尋ねたところ、「だって、同じアジアじゃん。」という返事。正確には、ジャンとは言わなかったと思うが、表情はそんな感じであった。必ずしも、報道では伝えられていない中国がここにあるのと、自分の展開するアジア論もまんざらではないと思った。こちらが相手を尊重すれば、相手もこちらを尊重してくれるのかもしれない。このように書いてるうちに夕刻のアポの時間になったのでこの辺で。思いつくまま書いたので少し長くなってしまった。これから当地の経営者との夕食会へ。

2006/7/12

Mission, Last Day

ON
 
訪中ミッションチームは、予定通りスケジュールをこなして帰国日。せっかく中国でも有数のリゾート地青島に来ているので、早起きして海岸線に向かった。北京オリンピックのヨット会場や朝靄のかかるビーチを訪れて、昨日までとは一味違った中国をひとときだけエンジョイした様子。その後TGCの仕入先の北揚機械さんに行き、プレス工場を見学した。ちょうど当社の試作品を製作中であったため、興味深そうに見入っていた。わずか四日間の滞在だったが、それぞれの中に現在の中国の一面は、どう映ったのだろう。昼過ぎのフライトで、青島をあとにする一行を空港で見送る際、「また、是非来たいです。」という若林君の眼に力強さを感じ、少しだけハッピーな気分になった。こういう機会をもっと多くの若者に与えたいと思う。これからのビジネスは、世界の中の日本を考えることが必須。特に若い内は、見る前に翔ぶことも大切だ。

2006/7/11

Mission, 2nd Day

ON

午前中は、ディスカッション形式でブレインストーミング。結論を急ぎたがるメンバーに対して、広い視野から思考するように働きかける。抜本対策に先入観を持ち込むことは最も危険。何が真の問題点かを探し出すことが、この段階の一番重要なところ。無意識にバッドサンプルを経験豊富な近藤が演じる。ニュートラル状態に見える若林、素直な視点で積極発言する鍵谷。ほどなくランチタイムとなる。昼食時は、日本で研修経験のある現法の紀部長を交えて、中国歴史文化を中心にした雑談タイム。午後からは仮説(ここがネックだったのかも知れない)をベースに、メンバー三人でアクションプランの素案づくりに入る。夕刻近くにTG理論派NO.1現地法人王副総経理が合流して、ヒアリング兼アクションプランミーティングが開始。途中何度か軌道修正をして、午後7時45分、何とか改善案のベクトル合わせができた。「今回の出張の、最低目標は達成できたと判断します。お疲れさま。」という言葉で、ミッションミーティングは終了。全員に安堵の表情。ここで見たもの、感じたものを活かして、次は日本でのミッションとして活躍してくれることだろう。
打ち上げを、当地では恒例になりつつある韓国式焼肉店で行った。これからがスタートだが、今日はひとまず楽しもう!

2006/7/10

未知との遭遇.

ON

今回日本メンバーの中国訪問ミッションは、TGJ⇔TGC間の物流改善にある。海外への生産移転を推進していくと、双方が輸出入する品目や頻度が増えていくが、これに対応して在庫管理方法やシステムを一元化する必要性が生じてきたからだ。現実的な問題点として、当初は船便だけで対応できていた貿易が、エア便でないと間に合わないことが起き始め、ひとたびこの輸送手段に頼ると徐々に感覚が麻痺してくる。1個100円台の製品をエア便で取引していては利益など吹っ飛んでしまう。経営では、異常が日常化しだすと黄色信号、それが続くとレッドシグナルに陥る。良い思惑は外れることがあっても、悪い予感は手を打たない限り必ず当たる。一刻も早く抜本対策を採らなくてはならない。ミッションメンバーは、日本での現状把握をもとに、今日は中国工場での現状把握と問題点をヒアリングした。これを踏まえて、明日はアクションプランを作成することを決めて一日目のタスクを終えた。 その後、TGCの配慮で現地社員との懇親夕食会に参加した。最初は.双方やや緊張気味に始まったが、打ち溶け合うまでにそれほど時間は掛からなかった。このインターフェースが、明日の仕事への糧となることを願う。

2006/7/9

海外プロ・デビュー 鍵谷・若林

ON

直行便なら二時間のフライトで中国青島に着く。以前は本当に近くて遠い国だった。はじめてこの国を訪れたのは12年前。今でも感動したことをおぼえている。飛行機ではなく返還前の香港からバスで入ったのだが、窓越しに見える景色のひとつひとつがとても新鮮に思えた。自分が子供の頃は、この国に来られることなど考えられなかった。これまでTGが海外進出に際し、独資(100%出資)を基本にしてきたのは、小さな企業が文化や考えの異なる国で、経営理念やビジョンを共有して、国と人種を超えてひとつの経営目標を追求できるようになるまでには一定の時間が必要だと思ったからだ。企業にとって、利益を求めることは必要条件であって十分条件ではない。ともあれ私が当地に着いて、二時間後海外事業部の鍵谷・若林君と経企室の近藤君一行がソウル経由で到着、ホテルで合流した。特に鍵谷はまだ19歳の新人だが、海外関連の仕事がしたいと二年前に当社を志望してきたファイト溢れる人材。三泊四日の滞在だが、この出張が彼女のキャリアアップの一助になれば幸いだ。To See is To Believe.
※写真は、初日のオリエンテーションを終え、夕食に行く前の記念撮影。
少し緊張気味かな。

2006/7/8

Creative Space

OFF

午前中、例の如くセンパ(セントラルパーク地下街の略語)に行き、昼過ぎに一度会社に寄って、出張に持参する書類等の再チェック。パッキングの後、夕刻には明朝の中国へのフライトに備えて大阪に移動した。中部国際空港(セントレア)がオープンしたが、利用便はあまり変わっておらず、青島への直行便は成田か関空しかない。常日頃、時間に追われている感覚があるのでせめて海外出張のときくらいは、ゆとりを持ちたくて前泊することが多い。宿泊するホテルが国から国へのマインドをスイッチするニュートラルな空間となる。30代前半、本格的に経営を任されはじめた頃は、週末になるとよく数冊の本を持ち込んでホテルに泊まった。気が向くとプールに行ったりしてひとりの時間を楽しんだ。あの生活感のない無機質な空間は、使い方次第で、日常からの開放感を与えてくれる。

2006/7/7

MOVING MANAGEMENT

ON

今月のスケジュールは半分が海外となっているため、慌しく国内の懸案事項の指示やチェック、来週の段取り等を行った。情報技術が発達したお陰で、世界の何処にいてもネットや携帯で容易にコミュニケーションができるようになったが、やはりFace to Faceの方がベターなことも多く、結局終了したのは深夜だった。事業のグローバル化を推進するようになって以来、私自身のマインドには国内海外の区別は余りつけないで、今居るところが国内で、海の向こうが海外みたいな感覚でものごとを捉えるようにしている。グローバル化をはじめた10年前は、アメリカで事業計画を書いた。あの頃は、アメリカから世界や日本を考えることが大切だと思っていたからだ。最近はWorld Biz From Asiaという事業方針を具現化するために、アジアから世界や日本を見る機会を増やしている。ビジネスの多軸化は、事業の可能性を拡大するが、同時にリスクも大きくなるので、最近では動きながら考えることが習慣化してきている。

2006/7/6

健康体

ON
他人の健康は気にするが、自分の事には無頓着になりがちなのが経営者。ということで、今日は本社の健康診断日。同じビルにあるクリニックで診断を受けた。血圧測定の際、たまたま隣に先程叱責をしたM君(匿名とします)の名前が呼ばれた。思わず、「あ、こりゃダメだわ」と呟くと、「どうかしましたか」と看護婦さん。「血圧かなりあがるよ」数秒後、「本当だ、石見さん去年より上が30も高いです。」こんな調子で一通りの検査が完了、最後にドクターの問診を受ける(内容省略)。身体に良いことを殆どやっていないので、何を言われても、ごもっともなことばかり。「そうですね、わかりました。」と頭をぴょこんと下げて、診察室をあとにする。若い頃、雑誌などで経営トップ層が大切にしていることに、「健康」と書かれていることが多いのをみて、「ふーん」と、ちょっと不思議に思っていたが、最近では実感として心身の健康が基本ということが身にしみる。少しは節制しなくては。

2006/7/5

採用活動前線

ON

東京出張の帰り、ビッグサイトで開催されている就職フェア会場に立ち寄った。今回のフォーラムは180社を越す多くの企業の参加もあり、採用する側にとっても、他社の採用活動を知る上で良い機会になった。各企業ブース、インタビュールーム、セミナー会場、休憩所等それぞれの雰囲気があり、学生 リクルータ、主催者スタッフの顔も千差万別である。私にとっては、自分が描く事業のシナリオにあったキャストを探す場であると同時に、応募者の話を率直に聞くことでシナリオそのもののマイナーチェンジの参考になることもある。また今の学生がどのようなものの見方や考え方をしているかを知ることは経営にとっても有益なこと。インタビューで自分の夢や目標をしっかり主張できる若者と出会うと、将来当社で働くか否かは別にして何故か嬉しくなってくる。ヒトも企業も、履歴書が大事なのではなく、履歴書にある経緯を踏まえて、自己の何が強みで、何が不足しているのかを認識し、自己実現や企業目標を達成するために、どうやって道を拓いていくのかをイメージすることが大切だと思う。そして就職活動は、自己認識やプロとして自己形成をして行くための舞台を選択するアクティビティだとも考える。
フォーラム終了後、TGのリクルータ達と意見交換することも楽しみのひとつだ。実践から学ぶことは多い。皆さんお疲れさま。
※写真は、二日間のフォーラム終了直後のもので少々疲れ気味。

2006/7/4

経営のリードタイム

ON
アイディアが起案されて決定、そして実行に移されるまでの時間を「経営のリードタイム」という。時間は、ビジネスの優勝劣敗の重要ファクターだ。例え良いアイディアでも機を逃せば、全く逆の効果を生じてしまうこともある。企業が組織改革を繰り返すのも、経営のリードタイムを短縮する狙いであることが多い。TGでは昨年来、Learning Organization―学習する組織を全社方針として掲げ、経営のコンカレント・エンジニアリングをめざしているが、頻繁に紹介する新人社員以上に努力しなければならないのがベテラン管理職たち。経験を重ねると固有概念が出てきてしまいがちで、頭では何とかしなくてはと思いつつ、まぁ今日はこれとこれがあるからと、身近な自分だけのしごとに終始しがち。時として経験は最大のネック要因になることもある。

2006/7/3

ニューフェース・デビュー

ON

今日は、新製品開発のヒアリングを行った。市場や顧客のニーズに応えて、従来ないものを形にしていく。これはメーカーの大きなやりがいのひとつだ。そのカタチづくりの初工程をTGでは技術部が担う。今日の発表は入社二年目で初めて新製品の開発を任された新人の小松君だ。一年目の小松君は、基礎技術を習得する意味もあって、設計の道具CAD(設計支援ソフト)の2D⇒3D化推進を担当し、現在ホームページの製品紹介の最上段に使っているCAD図面を作成する等の成果をあげた。その後、マニュアルコックの軽量小型化で量産設計へのデビューを試みたが、これは残念ながら商品化にまでは至らず、設計段階で開発中止となった。すべての努力が毎回成果に結びつくわけではないので、そこが技術者の辛抱のいるところ。今回の新製品は、既に本年末の量産日程が決定しているので商品化は間違いない。自分の書いた図面が形になったとき、小松が何を感じるのかが楽しみだ。

2006/7/2

ダ・ヴィンチ・コード

OFF
『もう終わっちゃいますよ』・今週末行こうと決めていたが、仕事のきりが中々つかない。上映時間を尋ねると9時10分がラスト上映時間とのこと。今なら間に合う、着替える間もなくドライブして、何とか15分前に着いた。気がつけば今日は朝から何も食べてない。劇場の売店でホットドック、ポップコーン、ウーロン茶を注文すると、高校生のアルバイトの女の子が、「Lサイズのウーロン茶には、只今上映中のカーズのミニカーがもれなく付いてきますが、AかBをお選び下さい。」週末にネクタイして、結構真剣におまけのミニカーを選ぶ自分がいる。「Bを下さい!」何とか間に合った。席に着いた途端、マナーモードの携帯が光りだした。ちょうど照明が消えかけた階段を走り、ドアの外で電話のONを押すと、「経理の石野です、月次PLができましたのでメールしときました。」「わかった。すまないけど、あとで見ます!」こんな調子で、何ヶ月か振りに映画鑑賞をした。映画の見方は人それぞれ違うと思うが、自分は結構情景に興味があって、この映画のストーリーが展開されるパリとロンドンの景色に魅せられた。学生時代に一人旅で行ったきりだが、懐かしかった。肝心の映画もタイトルほど難解ではなくて面白かった。まだ見ていない方、どうぞ。

2006/7/1

道をつくる

OFF
TGは「Small But Global」という経営ビジョンのもとに、小さくても世界に通用する企業をめざしてチャレンジを続けている。グローバル化のひとつの定義として、必ずしも世界を飛び回ることではなく、自国にいても自分がどこかで世界とつながっている感覚を持つという面があるが、この意味で言うと、自分が世界との繋がりを最初に意識したのは、小学生のときに体験したボーイスカウト活動だ。はじめはあの制服に憧れて入ったのだが、スカウトでの体験が現在の自分の考えや行動のルーツになっていると感じることがある。スカウトに入ると、三つの誓いを宣誓して12の掟(今は、8になったらしい)を守ることを約束する。おきてには、誠実、礼儀、親切、勇敢、感謝などがあったと記憶している。ボーイスカウトは世界規模の組織なので、ジャンボリーといって世界中のスカウトの交流会もある。ある日のミーティングで指導者が、「君達は、世界のひとのためになる道をつくっていきなさい」という言葉を聴いたとき、なぜか身体が震えるくらい感動したことを覚えている。
ビジネスは営利を追求する活動だが、利益は目的ではない。
Will Makes a Way...