Do Wonders TAIYO GIKEN 大洋技研工業株式会社
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2007/4/30

In Bangkok, Set of

ON

昨日の夕刻、会議に参加をするために、TGI(インドネシア)の黒河ディレクターがバンコックに到着。朝食時に約一年振りの再会をした。午後1時にはTGC(中国)の王副総経理、午後5時にTGJ(日本)から成田発の大坪マネージャー、セントレア発の佐藤ジュニアマネージャーが相次いで当地入りをした。ホスト国となるTGT(タイ)の座間副社長を含めて、今回の会議参加メンバーが全て揃った。夕食前にホテルの私の部屋で、明日のスケジュールを周知した後に、『日本亭』で夕食をしながらの雑談タイムとなった。私自身は、結構個別にコミュニケーションをとっているが、一同に会するのは年1〜2回程度なので、それぞれが駐在する国にまつわる話に花が咲く。勿論本会議がメインイベントだが、前夜祭といった雰囲気で、それなりの盛り上がりがあった。※写真は乾杯前の様子。

2007/4/29

Amazing Sunday

OFF

足掛け15年間、50回近くタイに来ているが、全てと言って良い程、仕事以外の時間をとったことがないので、思いきって日曜日の今日をオフ日にして、朝からタイの古都アユタヤに行き、午後から夜にかけて基地とリゾートの街パタヤをドライブで訪れた。いつもは景色を楽しむ余裕もなく、ビジネス思考で移動をしているが、スーツとネクタイをせずに眺める風景は全く異なるもので、何よりも心がオフになっていることが不思議なくらい新鮮に感じられた。元々は、歴史や地理が大好きなので、ホテル帰還が深夜になってしまったが、身体の疲れよりも、心の渇きが癒される感覚を久し振りに持つことができたことのほうが何倍も大きく感じられた。ワーカホリックだからこそ、オフの大切さを再認識できた貴重な一日だった。お陰で国際会議を前に鋭気を養うことができた。

2007/4/28

Factory Tour in Thailand

ON

バンコックから180q、高速道路を使って2時間余りのドライブで、Rayongにあるタイ現法に向かう。年間1500万個を超すTG製品を生産しているラヨーンプラントは、TGグループのなかでも、今やメイン工場に成長した。当地を始めとしてアジア地区の二輪車製品は、100%この工場から出荷されている。日々の改善によって、量だけではなく量産品質の面でも数値的に見て、TG生産拠点のベンチマークになりつつある。TGC(中国)の王副総経理も、会議終了後に当工場を視察して、今後の工場改善の参考にする予定がある。良い意味で、現在各国に5つある生産拠点が競い合ったり、支援し合ったりすることで、ブランド力をより高めて行くことが大切だと考える。次にバンコックへの帰路の途中にあるアジアセンターに立ち寄る。ここはTG樹脂製品の専門工場として2年前から稼働をはじめた工場だが、着実にモノづくりの基礎を積み上げてきており、今後プロダクションシフトを加速させる段階にきているという判断をした。当地の二つの工場を視察して、帰りの車中で、座間副社長と今後の展開を中長期的な視点から話し合った。結果大きな目標がまたひとつできた。

2007/4/27

Bangkok Now

ON

GW直前の金曜日、中部国際空港は、さほど混雑をしていなかったが、搭乗したバンコック行きのフライトはビジネスクラスも満席状態だった。6時間のフライト中はI-Podのミュージックと読書、そして睡眠補給であっと言う間にスワンナプーム新空港に到着。いつものように空港内でTGTのパリンニャ君が出迎えてくれ、出口付近で座間副社長と再会をした。新空港からバンコック市内へは通常40分程度のドライブだが、週末ということもあり一時間余り掛って午後4時に宿泊先の、「Four Seasons」ホテルに着いた。その後、滞在スケジュールの確認と当地の近況報告を聞いた後、90分のマッサージを受ける。身体と頭が多少すっきりしたところで、食事に出かける。

2007/4/26

BE + ING, Always

ON
日本での一週間分の決済事項や打合せを済ませて帰宅後、明朝のセントレア(中部国際空港)からのフライトに備えて、これからパッキング作業に取り掛かる。身体は一つしかないが、やることは山ほどあるので、タフな毎日だ。マッサージの本場タイでのひとときを楽しみにもうひと頑張り。GWも、10年以上日本にいたことがない。今回は今年立ち上がったばかりのベトナムを除いて、中国、タイ、インドネシアの拠点代表を集結させて、各拠点の現状報告と今後の全体戦略のベクトル合わせが、主要目的となる。帰りにベトナムに立ち寄って、日本から飛んでくる村上常務と現地合流。動き始めた同現法の現況視察を視察した上で、今後の指針と生産シフトのスピードを判断する予定だ。ネット時代だが、やはり大事な決断は、顔を突き合わせてやっておかないと微妙な誤差が生じ、ローカルエゴに陥りやすいので、時として一同に会することも必要だと考える。連休中にサポート役の経企室大坪、佐藤君もバンコックで途中合流する予定だ。小さな世界企業は、こうして一歩ずつめざすところに近づいて行く。

2007/4/25

Blog Now , and Then

ON
ブログ掲載が300回を迎えた。今年に入ってからは毎日書き続けているが、時折当日にアップできないのは、帰宅が深夜過ぎになって、PCよりベッドが先になってしまった時だと御理解ください。アクセス数も少しずつ増えていることが励みになっています。最近では、社員のご両親もご覧になっているとのご連絡を戴き、嬉しく思っています。ブログは、私の日常の一部やその都度感じたことなどを紹介しようと始めたものだが、これからは少し意識して、自身の視線を社内報的なものから、より広く外に向けることを意識していこうと考えています。また社員の日常をより多岐に亘って知って頂くために登場人物の変更や増員をしていくつもりです。いずれにせよ、これからのTGや今のTGが、よりリアルに幅広くお伝えできるようにバージョンアップをしていきます。「日々改善」、「日々実践」。

2007/4/24

Image Promotion

ON
昨日は、日程とタイムスケジュールの調整が上手くつかなかったので、名古屋国際センター最上階にある、中国料理の「東天紅」さんで、夕食を共にしながら、プロモーションスタッフと、今後の企業プロモのミーティングをした。WEB.のメンテをお願いしている天野さんとも久々にお会いできて嬉しかった。アポが立て込んでくると、しばしば、「食事を一緒にしましょう。」という方法をとる。時として、食べながらの方が会議室でのミーティングよりも良いアイディアが出ることも多い。席上、当方の宿題に対して、デザイン総監を担当して頂いている池上氏から、4つのコンセプト案が提案され、あれやこれやと意見交換をしながら、二つのアイディアに絞り込んだ。第一弾は、五月中旬を目処にポスター化される予定なので期待して下さい。この他、映像制作会社の、「パーム」さんからもラブコールを戴いているが、中々連絡できずに申し訳ありません。五月中には、一度お打合せしたく考えておりますので、その際は宜しくお願いします。今日は、連絡帳代わりのブログになってしまいました。

2007/4/23

Principle of Self-Responsibility

ON
当社の特徴の一つに、エンジン関連の機能部品を供給している企業としては実に珍しく、いわゆる大手メーカーの系列下にも属すことなく、創業以来40年間、独立系のManufacturerを貫いている。これが独立ベンチャー型企業と呼ばれる由縁だが、この経営軸を維持するためには、堅実性と斬新性を合わせ持つことが肝要だと常々考えている。無借金経営を継続し、剰余金を積み重ね、自己資本比率が、70%を超えている点は、堅実経営そのものだが、二年後には10億円に到達する見込みの海外直接投資額に見られる資産運用は、事業のグローバル化対応を意識した先行投資であり、攻めの経営でもある。子会社は全て100%出資というのも、目先の利益だけに捉われずに、中期的な視野から進出国での企業を育てたいという考え方が基盤になっている。これまで海外進出時に合弁話も多く頂いたが、全てお断りをしてきた。どこにも拘束されない自由と自己責任は同意語である。「比類のない企業」をめざして、今日も未来への知恵を絞る。

2007/4/22

The Beatles

ON
1962-1966
GW前、最後の日曜日。プレゼン資料の作成をする。バックグランドミュージックに選んだのは、「ビートルズ」。撮りだめしておいたハードディスクのなかに、ジョンレノンの「イマジン」というフィルム(NHK,BS放送)があり、久し振りにビートルズの4人+YOKO ONO女史の姿を見た。ドキュメンタリータッチで描かれているこの映画は、1988年に制作されたもので、1980年凶弾に倒れた同氏の死後8年目に、いわゆる秘蔵フィルムを編集してつくられたものだ。当社の記念誌にあるようにビートルズ来日は、TGが誕生した年と重なる。当時私は小学生で、白黒TVに映る彼らを見て、大きな衝撃を受けた一人だ。気分転換に、「新星堂」(名古屋栄セントラル・パーク内)に行き、CDを買ってきた。彼らのアルバムや楽曲は殆んど把握しているが、意外にも手元にはなかったので。買ったのは、四枚セットのベストアルバム(Favoriteに掲載)。ビジネスマンになった今は、イージーリスニング的に聞くことができるようになったが、つき詰めてしまうと、一曲ごとに私自身の小学校から高校までの8年間の様々なシーンが蘇ってくる。彼らがそれを望んだか否かは別にして、音楽面では間違いなく時代やスタイルをリードしてきたことに敬意を表したい。良い余暇を有難う。再びパソコンに向かう。

2007/4/21

For the Applicants

ON

リクナビ掲載から2週間だが、既に500件を超すエントリーがあり、ある意味嬉しい驚きだ。経過から見て、「こんな企業があることを、広くプロモーションする。」というねらいは、一応の成果を得られているように思われるが、私達は人数を求めているわけではないので、多くのエントリーに感謝をしつつも、これから如何にして目標を共有化し、未来をともにつくって行く人材と出会えるようにしていくのかが大切になる。私達はここまで道をつくってきたが、人も企業も過去に生きられるものではないので、「小さくても世界企業」というゴールをめざして、活躍する舞台が広がり、整いつつある今、本気で企業の成長と自己実現をめざすキャストがより必要となってきた。当然のことだが、WIN/WINの関係は、一方通行では成り立たない。誤解を恐れずに述べるとしたら、与えられるチャンスを自分のものにして、どのように事業にリターンしていただけるのかも求められることも考えてください。この点を踏まえた上で、素晴らしいご縁があることを願ってやまない。一緒に未来を拓いていきましょう。

2007/4/20

Organize

ON

日本のゴールデンウィーク中にバンコックで開催する、「アジア地区戦略会議」の準備追われているが、この実務を担当しているのが、今年経営企画室内に新しく設置したグローバル推進機能である。現在この機能は国内外にあるTG製品を生産する5拠点のプロダクションシフト(生産移転)を始めとする事業最適化戦略の具現化に取り組んでいるが、この根幹に位置するものは、マーケティングであり、世界規模での市場環境変化への対応が課題となっている。戦略を戦術に落とし込んでいき、次に実践がともなって事業のグローバル化対応は進化をして行く。二名のスタッフでスタートしたが、近い将来独立したセクションとして昇格させたいと考えている。国を超えたクロスファンクション機能の重要性を感じ始めているからだ。話は全く変わって、今日は海外事業部の堀川さんのバースディ。昼休みを利用してささやかながら、ケーキセレモニーをさせて頂いた。堀川さんは、東京出身で、日本の大学、米国の大学院で修士課程を卒業して半年前にTG入社。今はコツコツと実力を蓄えているところだが、素直に仕事と向きあっている姿勢が素晴らしいと思う。学生時代は、柔道部に所属し、有段者の腕前とのことだ。このまま真っ直ぐに伸びていって欲しいと期待している。お陰で私達も楽しいひとときを持つことができました。おめでとう。

2007/4/19

Globalization

ON
グローバル化という言葉が、初めて世の中に登場したのは、1983年頃で、経済面で言えば、一般に市場原理がベースになり、世界的な経済の結びつきが国の枠を超えて強まっていく現象であり、経営資源(ひと、もの、資本)は、国境を越えて移動が活発化することになる。日本ではバブル崩壊後に、『失われた10年』という時期があるが、見方を変えれば、この失われた10年間は、一つの時代が終焉し、新しい時代の軌道を描くまでの転換期であったと見ることもできる。企業経営は、事業を環境変化に適応させて行くことが、存続条件であり、情報分野の飛躍的進歩を考えると、今後益々時間的・空間的な距離感が短縮されることが予測される。海外で働きたい若者が増えているが、単に海外で働くことが、グローバルなビジネスマンになることではなく、世界中の何処にいても、勿論自国で働く場合でも、これからもう一段、規制緩和や市場開放が進んでいき、貿易の自由化が進展することが予測されることなどに、如何に対処していくのかといったことに知恵を絞り、備えて行くことが大切だと考える。経済のグローバル化は競争の国際化と認識する必要がある。

2007/4/18

TG協力会役員会

ON
TGジャパンの主力仕入先で構成されている、『TG協力会』の役員会に出席をした。主題は、来月開催予定の定例総会の議事と記念行事についての審議であったが、役員会終了後の意見交換昼食会では、今後の運営機会や日本のモノづくりの現況や将来像などが、幅広く語り合われた。振り返ると、この協力会も設立19年目となり、製造業の環境は大きく変化をしている。席上では、機械加工業を50年以上やってきた若森社長の話や、同じくゴム製品の加工を永くやってこられた藤野社長の経験談などを聞かせて戴き、いつもながら大変勉強になった。これら仕入先の有している技術力も踏まえて、今後のTGブランド力を高めて行く重要性を再認識する良い機会になった。帰り際に、鵜飼役員から、「うちも随分変わったので、一度見に来て下さいよ。」という言葉に、良い意味で協力会20周年に向けて、原点からの見直しのためにも各取引先を訪問して、現状把握をした上で、今後の共栄策を見出していく必要性を感じた。

2007/4/17

Takumi An Expert Workman

ON

ビジネスでは大きく二つの道があると思う。マネジメントとエクスパート。分かりやすく言えば、レストランの支配人とコック長。本日付の日刊工業新聞に、『現場に生きる。匠の新人教育』というテーマで、TGジャパン生産技術の高見専任部長の記事が掲載された。高見氏と私は、いわゆる同期の関係でお互い30年間を大洋技研工業、そして今のTAIYO GIKENで過ごしてきた。入社時に、経営学と機械工学出身という違いがあり、私はマネジメント、高見はエンジニアの道を歩きはじめた。私が、海外子会社、購買、営業、岐阜工場と職場を異動し、当時あった名古屋工場の生産マネジメントを担当することになったとき、私のイメージする工場改善の原動力となって、各種自働機や冶工具製作を担当してくれたのが同氏である。私自身は、当時トヨタ生産方式の虜となり、モノのつくり方を変えようとアイディアを毎日のように高見にぶつける。それ以上のものを同氏はつくろうと知恵と汗を流す。モノのつくり方を変えることは大変だったが、彼の作品を見るのがとても楽しみだった。20代後半から30代前半を、良きライバルとして互いに切磋琢磨し合えたことに今も感謝をしている。最近は、グローバル展開のなかで、直接コミュニケーションをする機会が少なくなって残念だが、マネジメントにも技術にも終わりはない。「まだ老け込むなよ。」と失礼ながら同期にエールを贈りたい。いつも、ありがとう。※写真左側は、新製品立上のためにタイの工場に出張時の高見氏。技術移転は、「世界ブランド」確立のためのグローバル戦略の最重要課題のひとつだ。

2007/4/16

Bisiness Partner

ON

ソニー最高顧問の出井氏のコラムで、『対極を愉しむ』というタイトルがあるが、ある意味で、小さな企業体が、世界に向かってビジネス展開を図っていくことも対極へのチャレンジであり、気の遠くなるくらい、壮大な航路を描くことが必要になる。中国に赴任した堀川さんと出会った時、「私は道をつくっていく」、「私はその道を歩く」という会話があったが、つくることも、歩くこともチャレンジであり、この二つの意思が重なり合ってはじめて、船は遙かな目的地に向かい進むことができる。「私達の船は小さく不安定だ。大波が来れば沈没する危険すらある。だからもっと大きな船に乗って、未来に向かい航海をして行こう。」北阳機械のM&Aの際、薛総経理が65名の社員に対して言った言葉だ。私は、「TGは世界という目的地に向かい航海をしているので、みなさんの力を貸して下さい。」と、お返しの言葉を述べた。事業経営を船に例えると、航路の指針を示す機能と、エンジンの性能をアップしたりメンテしたりする機能、そしてそのエンジンを回す機能が必要だ。だから私は社員をビジネスパートナーと考え、同じ船に乗るクル―だと思っている。どちらが上でも下でもない。キャプテンには、船を無事に目的地に導くという全責任があるだけである。

2007/4/15

World Biz From Asia

ON

冷戦体制崩壊後の、中国をはじめとする社会主義諸国の市場経済導入とIT情報通信革命が相乗効果をもたらして、今日のグローバル化現象の大きなきっかけとなったことは、ひとつのコンセンサスとなっているが、経済面で考えるとEUに代表される通貨統合を含めたブロック化(経済共同圏)形成の動向が、グローバル化へのプロセスとして現在、そして未来の経済環境の行方に大きな影響を与えるファクターになると考える。持論だが通貨面で考えると、日本のバブル期80年代後半から90年初頭にかけて、アジア諸国との連携で、円圏形成の機会を逃したことは、その後のアジア通貨危機を生み出す要因となり、工業面から見たアメリカから日本、そしてアジアへの覇権移行の潮流を変える結果となった。社会(政治)、経済、経営の順番でトレンドが落としこまれてくるので、マーケティングや経営遂行には、環境変化に大きく作用するものの動向をオブザーブして、未来を予測することが重要となる。明日のことは分らなくても、明日を考えないものに未来はないと語った故P.Fドラッガー氏の言葉が、いつも何処かに残っている。TGの中期事業方針、「アジアから世界の市場へ」は、環境変化を予測した上での、事業の継続発展のための一つの指針である。世界をめざすならば、世界をどの切り口から見るのかも大切だ。今、私たちはアジアを一つと考えて、モノづくりの生産圏を構築したいと考えている。政治が果たせなかったロマンがその中にある。※写真は、昨年タイの工場を視察する日本の社員のスナップ。この交流もアジア生産圏構築の一環。

2007/4/14

青年は荒野をめざす

ON
「海外で働きたい。」これまでリクナビからエントリーのあった応募者の内、実に90%以上の志望理由だ。思い起こせば、私が学生だった1970年代の日本から見た外国は、今と比べると遙かに遠く、未知の世界であった。戦後生まれという形容詞を付けられた私達にとって外国は、小田実著、「何でも見てやろう。」や五木寛之著、「青年は荒野をめざす。」といった書籍のなかで繰り広げられる刺激的でエネルギッシュな夢の舞台であった。二十歳になり、音楽活動に別れを告げたのち、私が興味を抱いたものは、異国を巡り歩くことであった。楽器を買うためにアルバイトでためた資金を全て使って、沢木耕太郎著、「深夜特急」の主人公のようなスタイルで、心の中の目的地を探すための旅に出た。当時の日本は、石油ショック後の就職難の時期で、友人達は必死になって会社訪問に奔走していたが、私には今しかできないことをしたいという思いの方が強かった。格安の飛行機や列車を乗り継いで訪れたヨーロッパの国々はまさに別世界。お金はなかったが、歩き回る先々で自国にはないものを有形無形に学び、その後のアメリカ留学のきっかけとなった。この辺のことはとても一回のブログ上だけでは描き切れないので、別の機会でもあれば紹介したいと思う。エントリーを通じて、『荒野をめざす青年』が、相当数いることが嬉しい。できれば何のためにめざすのかも訊ねてみたい。

2007/4/13

Developing Company

ON

タイの正月休暇を利用して、TGT座間副社長が来日し、本社での取締役会に出席をした。泰日双方の決算実績をベースにして、今期の経営重点施策等々をディスカッションした。生産数量から見れば、既にTGのメインプラントはタイに移っており、ベトナム、中国を含めた今後の生産戦略の方向決めと、具体的な展開を話し合った。経営資源であるヒト・もの・資金・情報・事業マネジメント(事業家)の最適化と適正分配を如何にして行うかというテーマは、グローバル経営を進化させて行く上で、最もダイナミックなテーマであり、経営幹部のベクトル合わせが重要となる。同時に私の頭の中にある、次の10年構想を現状を踏まえた上で、この一年間でどこまで推し進めるかという意思決定の柱の構築が、事業の成否を決定づけることになる。今日のテーマを具体的に数値化して、来月のアジア地区生産戦略会議の中心議題にする予定だ。一つ一つは地道な作業だが、だからこそゴールを共有することが、事業の進化のエネルギーの源泉となる。役員会終了後、夜は経営企画室、海外事業部のメンバーを加えて、ひととき懇親の場を持った。雑談の中で、若者達が何かを感じ取ってくれたら幸いだ。ステージにはキャストが必要となる。

2007/4/12

Small But,

ON

得意先の協力会総会に出席のため神戸に出張をした。記念公演が行われ、講師は当社と同じ愛知県にある樹研工業の代表、松浦社長の講演があった。世界最小の超小型歯車の開発で、近年脚光を浴びている方である。TVへの出演時と同様に、ご本人はユーモアを交えて、「売名行為」とおっしゃるが、随所で語られる独自の経営哲学とモノづくりに対する情熱には感銘を受け、大変勉強になった。企業が、スモールであるが故の人間的つながりの重要性と、専門分野に特化して、技術的に「世界一」と言えるものを探求し続けること。という点が特に印象に残った。さらにトップが決断しなければ何も始まらない、という点にも強い共感を覚えた。同行した村上常務も心に残る言葉が幾つかあったことと思う。自然に帰りの新幹線では、私たちのやってきたことの確認と、これからの方向性を語り合うこととなった。企業セミナー等でよく、「これから他の分野や、ドメイン以外の製品を開発する予定がありますか。」という質問を受けるが、「当面は今の分野に特化して、より深く技術を追求していきます。私たちには、本業でやらなくてはいけないことが沢山あり、その中にビジネスチャンスが潜んでいる。」と応えてきたが、今日の講演を聴き、意を強くした。

2007/4/11

科学技術庁長官賞

ON
最近一週間ホームページへのアクセス数が、50%ほど増えている。リクナビへの参加が要因だと考えられるが、いずれにせよ、外部から当社への関心が高くなることは嬉しいことであり、「こんな企業があることを知ってもらいたい。」と思っている。当社が、『世界へのチャレンジ』を開始するにあたり、一つのきっかけになったのは、1995年『科学技術庁長官賞』受賞.である。それまでの私達の目標は、「日本一」になること。昨日述べたようにLPGガス栓の総検定数からの算出では、シェア一番となったが、もう一つの証が、長官賞であった。この年は、折しも当社の創業者が病魔に襲われ、後を引き継いだ私は、同賞の審査にあたり、彼のためにもこの賞を戴きたいと願っていた。結果的に当社の製品開発と社会に対する安全性寄与が評価されて、第15回長官賞に選んでいただいた。受賞のとき創業者は入院中で、私が代理出席をして、当時時の人であった田中真紀子長官から表彰状を戴いたのだが、同年創業者は他界、生前中厳しく御指導いただいたことへの、私のできた唯一の恩返しであったと今でも思っている。これを区切りに思い残すことなく私は世界への挑戦をスタート。創業者の社葬一週間後に中国進出の調印式に出席をした。

2007/4/10

Power Brand

ON

市場占有率、いわゆるシェアというものはManufacturerにとってマーケティングの基本要件のひとつである。かつて私たちは、LPGガス栓の分野で、「日本一」をめざし、約25年間で目標に到達した。これは当時ガス栓が国家検定製品に指定されており、全国の検定数から当社の検定数の割合を算出することで、シェアを求めた。その後経営環境は変化し、世界へのチャレンジを開始した当初、次の大きな目標として、「世界NO.1シェア」を打ち出して、事業展開を進め、マーケットシェアは順調に伸び、永い間国内事業での、『壁』であった売上高50億を一気に突破して、現在では65億円に達している。その間、良いことばかりではなく、需要に供給が間に合わなくなって、得意先は勿論だが社員も大変な経験をした。この体験は、シェア至上の問題点を身をもって学習することになった。「同じ失敗は、二度と繰り返さない。」は、成功へのセオリーだが、この教訓は、私たちが、『小さくても世界企業』になるために、何が不足しているのかを知る貴重な体験であったと考えることができる。第二次グローバル化構想は、苦い経験で浮き彫りになった幾つかのボトルネックを解消していくことが、世界との距離を近づけて行くことになることを確信してスタートしている。現在私の中では、シェアは結果として捉え、『Power Brand』を主眼に、日々改善、日々実践を提唱している。※写真は、ハーレー2002年モデルから採用をされた当社のバルブ。

2007/4/9

Promo Word

ON

当社のグローバル化対応以降、年度事業計画を策定するごとにスローガンやキャッチコピーをつくってきた。これはめざす方向や考え方を、社内に周知するために全て私自身の言葉で表現してきたものだ。長期経営ビジョンの、【Small But Global】、モノづくりのビジョン、【Made in TG】、マーケティングの指向、【World Biz From Asia】、などがある。海外の社員にも理解と共感を得られるように、できる限りシンプルで且つ的確に意思を示したスローガンになるように心掛けた。TGは、創業時に立った、『五つの経営理念』を不変のものと考えて、都度時代の潮流の変化に応じて、可変すべきところを経営ビジョンにして指針を示すようにしてきたが、これまではどちらかというと、経営方針に近いところで社内にプライオリティを置いてメッセージを発信してきた感がある。気づけば、海外の社員数が600名を超え、国内と合わせると800名の規模となり、二年後には、1000名規模となることが予測される。今年に入り、第二次グローバル化プランを実行に移すにあたって意識したことは、プロモーションだ。Live Wonder Landというキャッチは、リクルート社との面談時にWonderというキーワードをもとに、特に人材育成に関して、「こんな企業が実存する。」ということをアピールするためにデザイナーが考案したもので、社員との関係をビジネスパートナーと捉えて、WIN/WINなものにしていきたいという、私の考えを上手く表現しているように感じている。社内方針から、Promotion Wordへの展開も、企業進化の一つだと考えている。

2007/4/8

Live ! Wonder Land

ON

私が社長に就任したのは、平成元年1989年4月。当時私は35歳で、経営者として未熟であったが、その分環境変化に対しては敏感であったと思う。国内では、土地や株価が上昇を続けており、世界では、中国の社会主義市場経済導入、ベルリンの壁崩壊、ソ連崩壊と続き、やがて日本ではバブル経済が崩壊して信用収縮が起こり、その後いわゆる『失われた10年』に入っていく。「時代の流れが変わった。」この意識は、鮮明に私の中にあった。この頃、ニュータイプの経営者として台頭してきたのが、ソフトバンクの孫氏、パソナの南部氏、HISの澤田氏など。私と同世代のトップたち。当時マスコミでは、彼らの経営手法を必ずしも好意的には見ていなかった印象があるが、私には共感できることも多かった、ただ私が引き継いだ業種が、製造業という点を除いて。永い歴史のスパンで考えると、時代や常識は、変化を常にしており、ターニングポイントは志をもったマイナリティーによってつくられる。IBMとマイクロソフトの場合も同様のケースと言える。ともあれ社長就任後、五年間のマーケティングと未来設計期間を経て、私たちはマイナリティーマインドで、世界へのチャレンジを開始した。当社は機能部品メーカーとしては珍しく、何処の系列下にもないという、ベンチャー型企業の精神を最大限に活用して、自己責任のもとで過去の常識に捉われずに未来を形成していく。そう言った意味で、私が第二次グローバル化のキャッチコピーのキーワードに選んだ言葉が、『WONDER』である。「道がなければ、つくれば良い。」

2007/4/7

RIKUNABI

ON

日本国内での採用活動を広げるために、リクルート社の就職情報サイト、「リクナビ」へのエントリーを決定した。当社の情報は、まだ試験的なアップなので不十分な状況だが、随時内容を充実していきますので、学生の方は弊社WEB.同様、しばしばヒットして戴ければ幸いです。ヒト、モノ、資金、情報、マネジメントが経営資源だが、やはり人的資源が最も重要であるのは言うまでもない。「世界企業TG」へのチャレンジは口で言うほど容易ではないが、この12年間、私たちは中国にはじまり、タイ、アメリカ他、海外6カ国8拠点、国内4拠点の事業体を形成した。一年に一拠点のペースだが、事業の可能性を世界市場のなかで最大化するためには、ここからが真価が問われるところだ。過去の常識を打破してビジネスを、『進化』し続けていくためには若い力が不可欠である。自分の可能性をビジネスのなかで思いっきりチャレンジしたい方、一緒に世界をめざしましょう。※写真は、バンコックのイタリアン・レストラン前での大坪・佐藤・木村君のスナップ。ここで人生観を語り合った。

2007/4/6

Brand Building

ON

今年は比較的暖かい日が多かった日本の春だが、近頃は少し冷え込む日が続いている。これも異常気象の影響だろうか。今朝、村上常務がベトナムに飛んだ。今回も二泊三日という強行日程だが、当面はタイとの連携でピストン立ち上げとなる。Manufacturerにとって、ものをつくる、『技術』を如何にして、教え伝えるかということが最も大切なことであり、これは実に奥が深い。初めの段階は、規格に合った製品を安定してつくることが目標となる。安定したものをつくりだすためには、つくる技術そのものを身につけることと、品質のばらつきを捉えて管理状態を維持する技術と、不具合品を絶対に外部に流失させないためのしくみを構築する必要がある。職場の整理・整頓・清掃・清潔・躾・習慣(6S)という社員教育を徹底するのも、安定したものづくりの基本となるからである。一個流しという考え方も、一つ一つの製品を確実につくり、品質を保証して、ブランドをつくりあげるという考えに基づいている。TGV(ベトナム現法)への技術移転が、TG全体の利益につながり、当地の発展にも寄与し、最終的には世界の得意先に貢献できるものとなることが、私たちの願いだ。※写真は、ベトナムで技術指導中のHorn君(タイ出身)と日本で正式入社したタヘル君(インドネシア出身)、と崔さん(中国出身)。企業のグローバル化には、人材のグローバル化が不可欠だ。

2007/4/5

ขอบคุณครับ Thank You!

ON

TGジャパンで、春の各種行事が行われている間、ベトナムをはじめとして海外事業所も着々と、『World Biz from Asia』、の実現に向かって地道な作業が遂行されている。昨日まで、タイの座間副社長が、ベトナム工場稼働後三回目の現地支援、TGTのHorn君は一ヶ月間の立ち上げ業務を終えて、帰国の途に。入れ替わりに、明日から週末を利用して再び村上常務が現地入り。文字通り、総力挙げての立ち上げだ。私もゴールデンウィーク中にバンコックでの、「アジア地区生産戦略会議」(仮称)主催の後、帰路立ち寄る予定だ。現地から毎日送られてくるレポートでは、今回の座間君の訪越で技術指導の他、作業区分の線引き、生産・出荷ヤード・管理ボードの設置等も行ったとの報告があった。Step by Stepだが、「Made in TG」のスピリットで、ベトナム、タイ、日本の共同作業が繰り広げられている。ひとまず、TGTのHorn君、一ヶ月間良く頑張ってくれました。ありがとう。

2007/4/4

New Beginning

ON

新人研修、入社式を終了して、今朝、堀川香菜さんが出向赴任先となる中国子会社に飛び立った。昨夜は名古屋市内の、『焼肉屋』さんで、ささやかな歓送会を行った。「今回の研修で、自分の目標がより明確になりました。有難うございました。」という主旨のコメントを残しての旅立ちである。彼女のように、『日本の若者を海外へ、そして海外の若者を日本へ、』という構想も、永年私のなかで温めてきたものだ。二年前に先陣として木村君がタイに渡り、昨年中国の留学生である陳君を受け入れたが、今年の定期採用では、新しく3名の外国人を迎えることになった。堀川さんの他にも、数名の海外勤務希望者がいるため、条件が整い次第、できるだけ早い時期に赴任させたいと考えている。自身の体験上、特に若者には、『見る前に跳ぶ』、ということも大切で、本人の意思がしっかりとしているならば、環境とチャンスを得ることで、育てるのではなく育つものだ、とも考えることができる。3年5年後に、それぞれのグローバル体験が、仕事面は勿論だが、人生をより豊かに過ごす一助になれば幸いだ。異文化の中で、思いっきり可能性にチャレンジをして欲しい。

2007/4/3

New Managing Director

ON

第41期定例株主総会後の取締役会において、村上事業所長が常務取締役に推挙され、正式就任をしました。この5年間、受注増と管理システムの混乱の中から、ある意味で私以上に身を削り、Manufacturerの生命線である生産機能の正常化に対して、文字通り全身全霊を注いできた男だ。口先で、能書きを述べることなら誰にでもできる。しかしひとたび混乱に陥った工場を正常化させて行くために一年365日×5年、寝食を忘れて取り組むことは並の努力ではない。「私は、やっぱりモノづくりが好きなんです。」、就任直後の村上君の言葉だ。以前、私の若い頃を知る得意先の方から言われたことがある。「彼の姿勢は、昔の君にそっくりだな、」と。毎日私とのコミュニケーションのなかで、元来持っている才覚と、時として厳しい指摘もしてきたが、ものごとを素直に捉える資質が相まって、今日の村上君があるのだと思う。教える側にとってもこれ程嬉しいことはない。ポジションの重責を知るがゆえに、「覚悟してお受けします。」という言葉で受諾があった。昨日、岐阜事業所での挨拶風景を見て、『あの頃の自分の姿に似ているな。』と、内心感じた。これを機に一層飛躍し、より多くの人に夢と感動を与えることのできる人になられることを期待しています。おめでとう。

2007/4/2

Initiation Ceremony

ON

名古屋ヒルトンホテル、『竹林の間』で、第42期入社式が行われた。入社する新人からは、一応に緊張感が伝わってくる。迎えるにあたり、冒頭の挨拶では、毎年変わることなく伝え続けるメッセージと、その年に贈るメッセージがある。今年は、「小さな約束事を大切にして、一瞬一瞬に全力を尽くす。そして、その毎日を継続する。」という言葉を贈った。シンプルだが、私が30年間大切にしている信条のひとつだ。ある意味において人生は自分との闘いであり、プロとしての、『技』を身に着けて行くことに王道はない。勝負に負けても、自分に負けないという言葉があるが、自分をごまかさずに、自身の可能性を信じてコツコツとこの闘いに勝利して行くことが自己実現や成功へのキーポイントだと思う。陰日向なく努力するものに道は必ず拓かれる。いつか大きなものを得るためには、小さなことを大切にしたい。11名の新メンバーたち。ご入社おめでとう。

2007/4/1

Take Off

ON

ベトナム工場の稼働とM&Aの調印。本年度予定している事業計画を早々にスタートしたが、これらはこれから展開して行く、第二次グローバル対応のための序章であり、私自身にとっては、次の10年に向かってOn Timeで飛行機が滑走路からテイクオフをした感がある。
「少し、休憩したら。」というアドバイスを良く受けるが、時間軸が大きく変化している現在、小さな企業が、『世界』をめざすためには、ゴールに向かって必要な施策を実行に移して行かなくてはならない。地球規模で繰り広げられる市場経済原理をベースにして、点をつくり線を結んでいく作業は、リスクを伴うが、ダイナミックな舞台拡大ともなる。この中で明日は未来の主役となるべく11名の新メンバーが私達のビジネスに加わる。歴史とドラマは人がつくるものだ。