Weekend Training
2009.2.28 UPDATE

履くものがウレタン底シューズからスニーカーに、そして革靴へと。着るものがパジャマ、ジャージからジーンズに、そしてスーツへと。健康な時には気にならないことだが、身につけるものひとつでも復帰ゲートまでの距離を縮める必要がある。今日は週末外泊訓練の時間を利用して、スニーカーとジーンズスタイルで本社のある国際センタービルに行った。発病以来二ヶ月半、社長室に入ると、そこにはいつものデスクがある。大袈裟なようだが、懐かしさの余り、ビビっとくるものがあった。必要な書類を探すために行ったのだが、しばしソファに座っていると、これまでの幾つかのシーンが浮かんでくる。ちがうちがう。感傷にふけっている場合ではなく、これからの場面をイメージしなくてはと、直ぐに切り替えたものの、ついつい懐かしさが先行してしまうのも正直なところ。ゲートには一歩近づいた気がしたが、次回はスーツと革靴で。さらに週末ではなく。
Revival
2009.2.23 UPDATE

雪の舞う中で、このセンターに転院してきたが、自主トレで毎日歩くジョギング・ウェイの周辺には至る所に桜の木が植えられている。その木に目を向けるたび、SAKURAの咲く頃には復帰したいと心に記しながらウォーキングを続けている。経験したヒトにしか理解し難い感覚だと思うが、この病気は怪我や風邪等とは違い、時間の経過とともに元に戻るという類のものではない。一度失った機能をつくり直すという作業は、治すというよりも、さらにクリエイティブな種類のもので、時間も年単位で考えなくてはならないコンティニュアスな世界でもあるそうだ。この事実を受け入れるところが何とも苦しいことだが、どこまでもプラス発想でとらえて、コツコツつくりあげて行かなくてはならない。しかも機能が一直線に向上してくるのなら良いのだが、リハビリにも山谷があるので気持ちを上手くコントロールすることも大切だ。しかし失ったものも大きいが、プラスでいれば正負の法則の如く、同じくらい得られるものもあることも事実なようだ。
My Sweet Valentine
2009.2.14 UPDATE
「♪負けたら終わりじゃなくて、やめたら終わりなんだよね。」「できないからやらないんじゃなく、できないからこそやるんじゃないの。」左の腕の腕力がマヒして、持ち上げる訓練している最中に、FM放送から流れてくるラップミュージックの歌詞が心にしみる。元々はミュージシャンを自負しているが、最近は音楽とも縁遠くなってタイトルさえ知らない曲なのだが、「そう、そう、その通り。」と、今回の入院で教訓にしているジャスト・マイ・フィーリングがその中にある。しかも中々上手くいかずに心が萎えそうになったときにグッド・タイミングで飛び込んできた。涙が出そうになる。泣きながらでもやるしかない。この歳になって泣きながらやれることに誇りをもて。そもそも歳なんて気にするな。今を生きようじゃないか。色んなことを自分に言い聞かせる。社会復帰と呼ぶくらい、ここはアナザー・ワールドだが、見かたひとつ変えれば、幾つでもこの社会に役に立つことはある。このバレンタインディは思い出深いものになりそうだ。
Bro from China
2009.2.12 UPDATE

発病から二か月、そしてここに転院して一か月が経った。時流が大きく転換する時期にあって、不本意ながらも麻痺療養と訓練を余儀なくされる身になり、刻まれる時間のタクトは同じ筈なのに、これまでと全く異なる空間のなかで感じる時間軸の長さは何倍にも思えることがある。焦りは禁物と言えども、正直なところ、ゆっくり過ごすと云うわけにもいかず、心中は見た目ほど穏やかではない。病院ではパジャマ、リハビリではジャージがユニフォームになっているが、ここでの連日の筋トレの成果は、大腿部周辺の筋肉痛になって、軽い疲労感が常態化してきている。「筋肉がついてくるまでには、時間が必要なんだよね。」とは療法士さんの話。あと一ケ月間で、どこまでいけるかが勝負というところです。そんな中、先週の台湾現法のメイさんに続いて、春節休みを利用して来日中のTGC(中国現法)王総経理が激励にきてくれた。「こんな姿になっちゃって。ごめんね。」とりあえず、このような会話から始めるしかないのだが、彼もまたTGの同志だと思うと、ついつい話にも熱を帯びてしまう。何かひとつでも感ずるところがあってくれれば幸いだ。写真はジョギングウエイを一緒に歩いたあとのもの。遠いところを、ありがとう、マイ・ブラザー。
PS.随行の佐藤さんからひと足早い、バレンタインディ・ギフトいただきました。数々の温かいメッセージにもありがとう。
Visitor from Taiwan
2009.2.5 UPDATE

ブログ掲載の一時休止以降も、毎日コツコツとリハビリに励んでいます。その甲斐があってか、このセンターの外周にあるひと回り500メートルの通称ジョギングウエイというコースを介護人なしで歩いても良いという許可が出るところまで回復してきました。まだ片足を引きずる感覚はあるものの、運動も兼ねて立春を迎えた季節の風を体に感じながら汗をかいてます。自身この10年間は、休むことなく事業の可能性を世界でチャレンジすることと、時流であったグローバル化対応させることに夢中になって時間と闘ってきた感があるので、こうして季節の風にあたり野外のコースを歩いていると、ふと時の無常さが身にしみたりもしています。そんな折、先日TGW(台湾現法)のメイさんが激励に来てくれました。現地市場を開拓する際、数々の成功失敗体験を共有してきた間柄なので、当時指導のなかで厳しく私が叱った分を、今回の不摂生から生じた病〜やまい〜で逆襲されて叱られた次第です。だけどとても良い奴で、帰り際、私の部屋を見回して、「わたし、ここに泊って看病しなくていいか。」と、念を押す彼女に、「夜間、部屋の男女共有は、風紀上禁止されている。」とジョークでお返しをした。
Profile:

石見 光久

Ishimi Mitsuhisa

大洋技研工業株式会社

代表取締役社長/グループCEO

53年名古屋市生まれ
76年米国東オレゴン州立大学留学
77年大洋技研工業入社
同年フィリピン現法出向
82年取締役就任
87年常務、88年専務
89年代表取締役社長に就任
このコンテンツをご覧いただくには、ADOBE社が無償で配布している最新のFLASH PLAYERが必要です。
FLASH PLAYERをインストールしてから、お楽しみ下さい。 ※JavaScriptが無効になっている場合は、有効にしてください。